ガソリンの唄A-01.

「私の中って何が入ってるのでしょう?」
「循環器系・消化器系・神経系・呼吸器系・免疫系・内分泌器系その他の内臓等だと思います」
 即答した僕に、彼女は軽く微笑んだ。
 
「可愛くない答えですね」

 何を驚くべきか。それはこれが初対面の会話と言う事実だろう。挨拶の前に、自己紹介の前に、自分の中身がわからない、と。この後、幾度も繰り返される事になる質問の、それが記念すべき第一回目である。
 しかし、常識的な変人は単に興味をそそるもので――彼女は妙な奴ながら、きちんと周りに打ち解けていた。感じたのは、シンパシーとでも名づけるしかない、情動。そしてデジャヴ。ああ、こんな奴どこかで見たな、という客観。
「あなたとは気が合いそうですね――秋月君」
「そうですね、気が合うかもしれませんね。」
「トモダチになりましょうよ」
 笑顔は甘く、しかしそれは何処か死臭を連想させる、生気にかけた微笑だった。しかしそれも、特に興味がわかない。
「いいですね。そうしますか、神宮さん」
 というより――その印象は、持たれる事に慣れている物だったから。

 つるんでいた僕達は、よく青臭い話をした。特に、自分の中身の話をした。それは例えば、生きる意味だとか、生きている意味だとか、そういう、やっぱり青い、話ではあったのだけれど。生きる意味というより、生きていていいのか、生きていた方がいいのか、それともどうでもいいのか。しかしその手の話し合いで結論が出される事はなかった。いや、というより――結論は既に出ていたのだ。僕達は自分に関し、全く同じ価値観を抱いていたのだから。
 それは、ただの確認作業。
 自己暗示をかけるための、反復作業。
 要するに、僕達は少しばかり似ていたと、それだけなのだけれど。
「無駄な話し合いですよね、私達のしている事って」
「わかってやってるからいいんですよ。本当の事が知りたいなら、圭司にでも聞くのが一番いいです」
「そうですよね。圭司は、何時だって正しいのですから」
 共通の友人であり、全く共通の憧憬を抱いている男の名前を出しながら、僕達は笑った。
「正しいのはわかっているのに納得できないのですから、圭司は損です」
「圭司は損しませんよ。むしろ、聞き入れられない僕等の方が損です。そうですね――正しい事を言ってるのに納得できないという感情は、中学時代に教師に向けた気がします」
「それは反抗期ですよ。まあ、圭司はああいう性格で教師染みたところがありますからね」
「雨の日に猫とか拾ってそうじゃないですか」
「拾ってそうです」
 そんな会話の後だった筈だ。

「神宮さん、僕達、付き合いませんか」

 それは何気なく出た台詞ではあった。緊張は無かった。自然に、そうなるのが当たり前のように、ただそう呟く。彼女の方もまるで驚いた様子はなく、そうなるのが当然なのだろうと、頷いた。
「そうですね。それも、いいかもしれません。年頃ですしね」
 キスでもしてみましょうか、と聞かれた。それには少し緊張して、軽く唇を触れさせる。
「どきどきしますね、何か」
 彼女はそう言って笑った。だから僕も笑った。何だか背徳的な事をしている気分だったのだ。
 
そんな事はないのに。
 そんな訳、ないのに。

 多分、僕達は、僕達の事がよくわからなかったのだろう。そしてその、若い青い幼い悩みを、解決できずにそこに至ってしまったのだろう。でも、多分、それでいいのだ。僕達の付き合いの始まりは、悩みの共有という、青春にも似た、甘ったるいイベントだったのだから。
 流れで付き合って、そのうち結婚しようと思っていた。彼女はどうなのかはわからないけど、きっと拒絶はしないのだろうと思う。そんな事は、関係の無い事だから。彼女にとって。僕にとって。
 
そう、思っていたのだ。

「――ああ、寝てしまってました」
 すみません神宮さん、と笑って謝る。返事はない。彼女も眠っていたのだ。
「神宮さん。神宮ヨウコさん」
君の中身はわからない。僕の中は多分空だ。だけど。

「何で自殺なんか、しようと思ったんですか?」

今、僕の中身は、確かに君でいっぱいだった。