ガソリンの唄A-02.

 友人に馬鹿が居る。類は友を呼ぶなどという言葉がある、俺が馬鹿なのかは知らないが、十把一絡げで馬鹿だとは思われている事は確実だろう。ならば迷惑極まりない、と思う。
 少なくともあの馬鹿共より馬鹿なんていうのはありえない。
 
 秋月蓮。神宮ヨウコ。

 そいつらの名前を思い浮かべる。馬鹿だ。馬鹿としかいいようがない。しかも愛すべき馬鹿ではなく、見ていて腹の立つ馬鹿なのだから救えない。元々救う気はないが。馬鹿はさっさと野垂れ死ね、とすら思う。
 馬鹿は馬鹿同士で気が合うのか知らないが、蓮とヨウコは恋人同士である。この場合も果たしてバカップルと言えるのか。関係の無い話ではあるのだが。
 奴ら曰く、一緒に居る時の会話の六割が哲学未満の青臭い話であり、二割が日常的な事項、二割弱が俺の話なのだそうである。俺の割合がありえないと思った。冗談であってほしいが、冗談であるべきところを冗談に出来ないから奴らは馬鹿なのである。そういえば、あの二人は俺の事は名前で呼ぶしタメ口を利くが、互いの事は名字さん付け敬語で喋る。恋人同士には色々な形がある、と奴らは嘯くが、俺は納得しない。
 確かに、お似合いではあるのだ。よく似ている。どちらも等しく、他人と関わり過ぎないように日々を過ごし、どちらも等しく敵がいない。敵を作らないなど中々出来た芸当ではないと思うのだが、あの二人は簡単にやってのける。要するに馬鹿なのだ。頭はいいのだろうが、それだけだ。依存しないように、頼らないように、しかし自分と言う物を持つでもなく、日々を楽しむ訳でもなく、ふわふわと、ゆらゆらと、ふやけて生きている。馬鹿だ。

「圭司、神宮さんと付き合う事になったよ」  
「圭司、秋月君と付き合う事になったわ」
「君の話をいつもどおりしてさ、それで何となく」  
「貴方の話をいつもどおりして、それで何となく」
「告白して」  
「告白されて」
「OKされた」  
「OKしたの」

 お前たちは双子か、といいたくなった。違う時に、同じ内容を、違う場所で、同じく俺に報告する。俺の反応も当然同じで「馬鹿」と一喝した。同じような言い訳、同じような説教、同じような笑い声、全く同じ流れ。リライトして使いまわしてるんじゃねえかと疑いたくなる手の抜きよう。

 ああ、お似合いではあるだろうよ、確かに。

「君に恋愛がどうだとか言われたくないぞ? まあ君だから言えるとかもあるかも知れないけど、とっかえひっかえ女性と付き合ってさ」
「馬鹿。俺が何時とっかえひっかえした。つきあうのは告られたから、別れたのはフラれたからだ」

「好きでも無いのに告白されたからってつきあうのってどうなの?」
「馬鹿。好き何だよ、全員。満遍なく愛してるっつーの」

 あいつらはどうして二人で生まれてきたんだろう。単純に会話の手間が二倍だ。あれだけ似ているのだ、一つで生まれてくれば良かったのに。そうすれば俺は、もっと楽が出来たはずなのだ。

 俺は、会うたびにあいつらに馬鹿だ馬鹿だといって、実際馬鹿だ馬鹿だと思ってもいて、そして。
 今やはり、それが間違っていなかった事を、確信する。

 昔から見たい物があったのだ。
 あいつら二人の、物が腐ったみたいに甘い笑顔が崩れる瞬間。表情なんて所詮は処世術に過ぎないと見せ付けてくれる顔が歪む瞬間。端的に言えば泣かせたく、その涙が見たい。だから蓮なんかは思いっきり殴った事もあったのだが、あいつは笑って「何するんだよ」と言うだけだった。
 しかし、間違っている。
 見たってすっきり何かしない。燻るような不愉快感が残る。爽快ではあった。あれが本音なのだろうと思った。ざまあみろと思う。だが、それだけだった。ああそうだ、自慰をしたあの感じによく似ているかもしれない。妄想を膨らまし、一人悦に入って浴びるように快楽を享受して、それから我に返って、胸糞の悪い後味に嘔吐感すら催すのだ。その感覚に、とてもよく、似ている。

「おい、蓮」
「ああ、圭司――来てくれたのか」
 汚い――汚れているというわけでもないのに、どこか薄汚い部屋。醜く泣きはらした顔。未だに残る涙の軌跡が、再びなぞられて行く。ゴミ箱には大量のカロリーメイトの殻がつっこまれている。その隣には二リットルのペットボトルが空っぽで放置されていた。一人暮らしで引き籠りという無理を押し通して来たようである。こいつ仕事はどうしたのだろう。さほど大きな会社ではなかったから、情状酌量してくれたのかも知れない。しかし、さほど大きな会社ではなかったから、余り人的余裕はないだろうに。
「カロリーメイトばっか食ってんな。死ぬぞ。ほら。弁当」
「……コンビニ弁当はいいのか?」
「良かないが俺の手料理よりマシだ」
「ああ、君の料理は殺人的だからな」
 そこでまた、涙が零れる。ああ、確かヨウコにはその殺人的料理を食わせた事があって、その話を奴は持ちネタにしていたようだから、きっとそこからあの女を思い出したのだろう。重症だな、と心で溜息。
 それでも抱いた感想は、馬鹿な奴、とそれだけだったのだが。