詩集と死臭-03.

 急ブレーキという乱暴な手法で文字通り叩き起こされ、その時既に自分が何処にいるのか何の為にいるのかを忘れて再び寝付こうとした私は、今度はドクターに叩かれた。
「おい、氷室。起きたまえ。出番だ」
「りょーかい……ところでドクター、私何しに来たんだっけ」
「……池ノを連れてくれば良かった。あの男はあの男で馬鹿だが、お前よりマシだ」
 この馬鹿、という目で見られた。「この馬鹿」と声に出して言われた。池ノを連れてくる、という事は今ここにケイはいなくて、つまりはドクターと二人きり、うん、要するにお仕事のお手伝いだろう。
 ケイは私がドクターの手伝いをするのを殊更嫌うので(というかドクター自体が嫌いなので)、何時だってこの手のお手伝いの時はケイに黙って出かけてくる。正直私だってやりたくないが、生活費と言うのは結構切実な問題なのだった。
 いや、言い訳かもしれないけれど。
  
 ともかく体を起こし、少しだけ気だるい気分を何とか振り払う。その間に車のガラス越しに空を見て、やはり自分の状況を納得しかねた。
 木が茂っている。それも沢山だ。私とドクターは何時の間にハイキングに出かける仲になったのかしら、それは是非とも遠慮したい、と思う。木々の向こうには――赤茶色。レンガ、だろうか。今時ないな、レンガ。
「ここ何処?」
「図書館だ。何度も言わせるな」
「ああ、そうだっけ。最近の図書館って森の中にあるの」
「そう言う訳じゃないがね――図書館と言うより、個人の蔵書庫とでも言った方がいいかもしない」
「ふうん――今も使われてる?」
「使われていない、筈だったんだ」
 何か含むような物言いだったが、特に気にせず車の外に出た。吸い込む空気が心地よい。
「私は何するんだっけ」
「僕はこっそり入るから、お前は堂々と入れ。危なくなったら迷わず死ね。以上」
 つまりは囮、という事だろう。大体しか状況も情報も教えられないのはいつもの事なので、適当な所で納得する。どうせごちゃごちゃと指示を出された方が困るのだ。ちなみに罵倒はスルーしないとやっていけないので、それも適当な所でスルー。
「今回、割と殺伐としてそうな感じ? 危なくなったら正当防衛ってるからよろしく」
「任せるが、子供に手を出したらいかなる理由があろうと僕がお前を殺す」
「わかってるよ」
 ばたん、と車のドアが閉まる。ドクターは一方向を指差して「あちらが正面だ」とだけ言った。それからちっとも動かないので、仕方なく私が先に動き出す。草の茂った足元。今日は長袖でよかった、と思う。というか、ほんの数日前に足に怪我を負ったばかりだったので、仕方なくだ。何故怪我をしたかは忘れた。

では、そんなところで本日の装備。
フリル服、カチューシャ、念の為サバイバルナイフ、後一応バタフライナイフ。恐怖は持ち物の中になし。よって装備出来ず。危険は外そうとしたら呪われているらしく外せませんでした。残念。

* * * * *



 ようやく正面へと辿りつく。随分と大きな図書館のようだ。ぽっかりとへこんでいる入口に向かって歩を進め、レンガに手を当てる。
 
瞬間、劈くようなアラームが響き渡った。

 少しだけ驚くけれど、私の役目はこういう風なので慌てはしない。どたばたという嘘みたいにわざとっぽいな足音を背中で聞いて、振り返れば青い制服が目に映る。
 ガードマンらしいお兄さんが二人、片手には警棒、しかし相手が女だと気がつき、筋肉が緩むのがわかる。ここは私有地だ立ち入り禁止だ立ち去れ、という内容をまくし立てるように言うお兄さんその一。動かない私にどうしたと聞いてくるお兄さんその二。草を掻き分ける音。近づいてくる。目の前に厚い胸板が見える位置まで。

「おい、おま――っ」
 右足で思いっきり蹴り上げた。一瞬怯むがさすがにプロらしい、掴みかかってくる。しゃがんで身をかわし自由に動く場所へと。その二が警棒を振り上げるのが見えた。取り出したサバイバルナイフで受け止める。取り押さえられないように、逃げる。それだけでいい。

「お前えっ!」

 腕をつかまれた。迷わず関節を外す。勿論私のだ。妙な方向に曲がった右腕に、再び怯まれた。痛そうだ。痛いかもしれない。痛いのだろう。しかし、感じない。少しばかりの違和感があるだけである。
 膝を折り曲げ再びしゃがみこみ、腕を振り払う。漫画みたいに二人でぶつかってはくれないだろうか、無理だろうけども。足をひっかけようとしてみるが、やはり通じない。大分冷静になってきたらしいお兄さん二人は、視線を合わせて挟もうとしてくる。二人の間から足のバネを使って飛びのいた。私は弱いのだ、普通にやって勝てるものか。それどころか、時間稼ぎすら怪しい。飛びのいて右腕で軽く勢いを殺そうとする。

「あれ?」

 ぐにゃり、と右腕が歪んだ。力を込められず後ろ向きに無様に倒れる。しまった、関節を外すつもりで折ってしまったかも知れない。前にもあったなこんな事、と思った時。

「……すみません、大人しく投降します」
「遅いわ!」
 私を取り押さえたお兄さんから、鋭いつっこみが入った。