ガソリンの唄A-06.
「お前、仕事どうする気だよ」
放置してはいけない問題を僕に提示するのは、何時だって彼の役割なのだった。彼女とは、放置していて構わない問題ばかりを話し合っていた気がする。しかし正しいものには反発したくなるのが人の情、適当に相槌を打った。
「一応、念の為、絶対に言っておくが、俺はお前の面倒なんざ見ないからな」
「わかってる。そうだなあ。美里さんにでもお世話になろうかな」
軽口のつもりだったのに、露骨に物凄い顔をされた。
「……冗談だよ」
「冗談にするべき所で冗談にならないからお前は馬鹿なんだ」
そんなに嫌がる事だろうか、と考えて、そういえば美里さんは圭司の恋人なのだと気付く。それは嫌な顔もするだろうと、少し反省した。
「そっか。君の彼女だもんな。ごめん」
また物凄く凶悪な顔をされる。一体何だと言うのだろう。
仕切りなおすように溜息をついて、圭司は言う。
「お前、ちゃんと、考えたか?」
「考えてるよ。仕事はしないといけない。そうしないと生きていけないから。だけどさ」
「もういい黙れ」
「酷い」
「煩い。どうせ生きる事に何の意味があるのか、とかそういう青臭い台詞が来るんだろうが、馬鹿」
「……うん。さすが、世界で一番正しい男、嶋岡圭司」
「そんな下らない仇名をつけるんじゃねえ。殴るぞ」
もういいお前は考えるな――と言って啓司は僕の腕を引っ張った。引き上げられるままに、立ち上がる。
「圭司?」
引っ張られた。靴も適当につっかけて、外に出される。
「お前が、何も考えられねえようにしてやる」
はっきりとそう言った圭司に、僕は笑いかけた。
「……それ、僕が女性だったら気をつけとく台詞だな」
「うげ。自覚したら気色悪くなった……気持ち悪い事言わせやがって……女にも言った事ねえぞ……」
圭司が何を考えているのかもわからないまま、僕はのんびりと空を見て、ひきづられるままに歩いていく。太陽の光は眩しく、何だかこのままだと失明でもしそうで恐ろしい、と思いながらも目が離せない。
黙ったままの圭司に話しかける気も起きず、そのまま足のみを動かしていく。
そのままどれぐらい時間がたったのだろうか、突然、引いていた手の力が止まり、よろけた。
「おい。俺だ五十鈴」
「おや。嶋岡君。何だか久しぶりですね。半年ぶりですか?」
「お前時間でカウントするな。四日ぶりだ」
「そうでしたか。やれやれ」
圭司と話す、低い、飄々とした声に意識を取り戻す。そこは何処か見覚えのある広場の噴水の前――声を上げたのは、そこに座る、何とも言えない身なりの人間だった。
髪はぼさぼさに伸びており、顔がほとんど隠れている。口元にはどうやら笑みが浮んでいるようだ。服装も同じくぼろぼろで汚れきっており、元の色の判別がつかない。地べたに直接座っていて、まあ、要するに、いかにもと言った風情の、ホームレスの方のようだった。
「頼みがある」
「嶋岡君が私に頼み事とは珍しい。何です?」
「この馬鹿を、しばらく預かれ」
「え?」
「ちょっと待てよ」と言いかけて、手で制された。「何か文句があるのか」と睨みつけられる。どういう事なのか見当もつかない。預かるとは。そもそもこの人は誰だ。
「私はこういう者です」
疑問に答えるように、華奢な腕が伸ばされた。か細い指に挟まれたのは不釣合いに白い紙、受け取ってみるとそれは名刺である。林五十鈴、と名前があり、後は職業も肩書も何もなく、ただ住所のみ『実河公園噴水前』と記されている。
「はやしいすず。そう読みます。中々可愛い名前でしょう」
「あ、はあ」
「これは秋月蓮」
困惑する僕を尻目に、圭司は僕を簡潔に紹介する。
「最近恋人が自殺しかけて今昏睡状態だ」
そしてまた、状況を簡潔に説明する。いってしまえばそれだけの事、わかっているのに、また――
「そうですか。まあ、汚い所ですが、ゆっくりしてください、蓮君」
それ以前に屋外なのだが、そして失礼ながら確実に汚くしているのは林さんなのだが、別に気にする風もなく、彼はにっと笑った。
「私も嶋岡君には頼みがあるのです。今はまだ帰ってませんから後で話しましょう」
「わかった。おい、蓮、いいな?」
何がだよ、と言おうとして止める。今回の事は全て圭司の裁量だ。
ならば、間違っているはずも無い。
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